【終了】北の京芦別 観光親善大使


【最新情報】
2012.8.1 「北の京芦別」→「ライフステージホテル天都」にレベルアップ!!

私、山下智博が身を粉にして応援して来た「北の京芦別(旧 芦別レジャーランド)が2012年8月1日をもちまして「ライフステージホテル天都」に生まれ変わりました!

それに伴い、北の京芦別の観光親善大使の任務が終了しました。
このことについて、名称変更についての詳細はコチラをご覧ください。

▽▽▽以下、北の京芦別観光親善大使の時の活動について紹介しています▽▽▽

「北海道らしさ」満載の、奇天烈楽園案内人。


北の京芦別
 Kita no Miyako ASHIBETSU

高さ88メートルの「北海道大観音」や「ホテル三十三間堂」「ホテル五重塔」など、常軌を逸する発想力で北海道の元炭鉱町にバブルの時代に現れた「北の京芦別」。類似施設が軒並み閉鎖されていく中、当該施設は昭和の面影を色濃く残したまま現在も営業を続けている。

古都を模し、移住した人々の歴史が浅い北海道の“和の文化に対する憧れ”を見事なまでに具現化したかのようなその佇まいに心を打たれ、2010年、2011年と2年連続で巡礼バスツアーを自身で企画・実施し、好評を博す。

北海道では負の遺産とみなされているが、そこにこそ「北海道人のリアリティ」があると信じ、新たな観光地として広く宣伝すべく、2010年5月に北の京芦別社長より観光親善大使の称号を預かり、横浜トリエンナーレ2011特別連携事業「新・港村」や京都芸術センターにてプレゼンテーションを行うなど、日本各地で当該施設の文化的価値を、笑いを織り交ぜながら紹介している。

これらのイベントは現在「北の京未来作戦」というチームで行っており、過去には「カウントダウン北の京2011→2012(レポート記事はコチラ)」や「史上最大のリニューアル発表(レポート記事はコチラ)」寒軍べくたあ様主催のコスプレイベント「Cherry a GO!in北の京(レポート記事はコチラ)」などのプロジェクトを現地で実施。複数メディアに取り上げられ、話題となっている。

その他、北海道の廃墟やB級スポット、トンデモスポットなどを網羅した観光ブック「北海道裏観光ガイド」への執筆活動も行っている。

■以下、北海道裏観光ガイドより抜粋(本人寄稿)

何?何なの!?「ホテル五重塔」とか「ホテル三十三間堂」とか・・・高さ八十八メートルの「北海道大観音」が鎮座しているかと思ったら、その足元に広がるのは「タージマハール風インド大庭園」。これらがディズニーランドより狭い敷地の中に密集しているんだから、これはもう「楽園」と呼ばざるを得ない訳で。

北海道を、いや日本全国を見渡してもこんな無駄に豪華で完全に振り切れた宿泊施設があるでしょうか。近年の“オシャレ”の概念をひたすら真逆に突っ切ったところに位置し、人間の「見たい」「作りたい」「拝みたい」の三大欲求を露骨なまでに包み隠さず反映させた“欲望の集合体”、それがこの「北の京芦別」なのです。

コンセプトは「北海道にも日本人の心の故郷を」。モチーフは「奈良」「京都」などの古都。当時の道民が抱いた、歴史ある町へのコンプレックスが如実に現れています。1970年の開業からバブル全盛期にかけて、当時の人々が何を「ありがたい」と思ったのか、何を「カッコイイ」と思ったのかを敷地内の幾多のオブジェが教えてくれます。
まともに鑑賞して回ろうものなら日帰り程度じゃ足りないし、アクの強い物体どものオンパレードにまず間違いなくビギナーはコテンパンにされます。

偽物のギリシャ彫刻が所狭しと並ぶ大浴場や、連日行われる旅芸人による歌謡ショー、舞踊ショー。そして数え切れない大小様々な観音様と、数え切れない賽銭箱。

まさにそれらは現代を生きる我々の想像をいとも簡単に超越する、驚愕の世界。

宿というよりもアトラクション、もしくは現代美術のインスタレーションとでも言いましょうか。
その存在感は今、確固たる地位を築きつつあります。

当時の人々を虜にしたこの施設が、今はバブル期を紐解く重要な生ける資料となりつつあります。

北海道が産んだ地上の楽園「北の京芦別」。

このスペック、国の重要文化財に指定されるのも時間の問題でしょう。

 


△北の京芦別「宮殿の大広間入口」にて北の京未来作戦の一同

【外部リンク】
バブル文化観光についての考察(ツアー報告・写真あり)

北の京芦別の魅力について書いた記事(写真あり)

北の京芦別の魅力発信プレゼン(マニア向け。全5ファイル計40分)
北海道裏観光ガイド ※ネットからもご購入いただけます
JDN ジャパンデザインネット 札幌アートレポ「北の京に恋をして」